2007年11月19日

セカンドステップ

これも、読みきり小説ですね。
バイクへの楽しさは、本当にツーリングレポート(旅日記)だけで伝わるのだろうか?
僕の答えは、バイクの楽しさをツーリングレポートだけではなく、ストーリーでも伝えると言う物でした。
よかったら、読んでみてください。
2007年2月26日掲載文

電話の呼び出し音、忙しそうに走り回る足音、人々の話し声。
この男の通うオフィスはいつも忙しかった。いや、今日も。と言うべきか。
男はオフィス全体を見渡せるいつもの席に座り、ビジネスバッグから家で仕上げてきた、この会社でこの男の構想した企画の最後の発表の資料を出した。
「長野部長お早う御座います。今回の企画も、一発で通らせましょうね!」
入社してまだ2年目の女性社員が話しかけてきた。
この女性社員“花山”は長野がこの会社での引退。即ち定年を迎える事を見越して“教育”してきた社員だ。二年前は電話番さえおぼつく程だったのに今では新入社員に檄を飛ばすまでになっている。
それ以上にここのオフィスでは長野が納得の行くまで育てた社員だらけだ。
入社して40年近く。来月を定年退職とした今40年もそう長くは無かったなと感慨深い。
「そうだな。この企画課の一発で通って全部成功した記録を私が居るうちに少しでも多くしないとな。」
とハハハと長野は返した。花山はニコリと笑い、返事をしてデスクに戻った。
長野は企画書を見つめる。
点数をつけるなら85点。長野の最後を飾るには素晴らしい出来だ。
後は通った後に細かい修正をすれば良いだろう。
午前に企画会議があり、企画課の“記録”は一つ更新された。
二月の日の入りは早い。オフィスに朱色の光が差し込んだのは三時ごろになってだった。
会議から開放された長野は歳のせいか溜息をしながら椅子に座った。
一仕事終わり、これから呑みにでも行きたい気分にいつもなら成るだろうが、今日は何故かそんな気分に成れない。
押し迫った定年というゴールのせいだろうか?定年までまだ一ヶ月以上あるのに…。
その日は部下に誘われたが少し調子が悪いと言って飲まずに帰った。
次の日。またいつもの様に会社の椅子に座る。皆忙しそうだが長野だけ暇そうだ。
長野の定年後の再就職を含めた生活のために会社がくれた“休暇”という名の出社日である。ここでジッとしていても部下は全く構ってくれない。
「ちょっと、優秀に育てすぎたなぁ」
と長野は独り言を呟き苦笑いを浮かべた。初めの一時間ほどは良かったが余りに暇すぎたため長野は挨拶回りに行く事にした。
エレベーターではなく階段を使って一回に降り、公用車の鍵を見る。
10台近くある公用車は殆どが使われていた。こんな暇潰しのために最近買った公用車を使うのは気が引けたため、長野は一番奥のNo.1と書かれた一番古そうな車の鍵を手に取った。
駐車場に行くとボロボロの社名入りセダンが止まっていた。
忙しい時期以外は使われない為か木の葉が何枚か車に落ちている。長野はそれを払いのけるとその車に乗った。
重いハンドルをフンッとカーブを曲がるたびに回し、今日回る会社を考える。
「ボロイなぁ…」と呟いていると走行距離に目が行った。
11万km。
そろそろ廃車予定だ。
「お前も俺と一緒か…。良いか?リタイアじゃないんだ。次のステップへのグラデュエイションさ。」
長野は一人その車へ話しかける。
そのまま、何社か周り世間話をした後、会社へと車を走らせた。
帰り道、ふと見慣れない単語が目に飛び込んできた。
“ライダーズハウス植山”
昭和初期生まれの長野にとってライダーと言えば三無い運動の標的にもされた、不良のイメージしかない。しかし、そのライダーズハウスはウッド調の外壁に落ち着いた看板。
長野の“不良”のイメージとはかけ離れていた。
気になったので入ってみると、マスターは室内展示のヤマハ:XJRを磨いていた。
軽く挨拶を交わし、長野はカウンターに座る。さっきまでバイク磨きをしていたマスターはボロ布をバイクの上に置きっぱなしにしながら
「いらっしゃい」とカウンター越しに長野に行った。
琥珀色の室内照明、壁に飾ってあるジャケットやコート、そして、壁のコルクボードにはこれでもかと言うほどのマスターと…客だろうか?ツーリング中の写真が貼ってある。
長野が店内をキョロキョロと見渡していると、
「お客さん車で来ましたね?」
「そう。仕事の途中でね。」
マスターはにこやかに長野に話しかけた。
「結構仕事暇なんですか?」
「ハハハ、そうだねぇ。皆は忙しそうだけど、私だけ暇だよ。」
長野は初めて行く会社には自分を良く認知してもらう為に少なからず自分の身の上を少しだけ露呈させる。それと同じように、いつもと同じように話した。
長野と一緒くらいの歳のマスターはそれを見透かしたように相槌を打った。
平日の午後だからだろうか?客は長野一人しか居らず、ゆったりとした時間が流れている。
長野はメニュを見た。ハウス植山はカフェと定食やと民宿を兼ねた所の様で、様々な珈琲の種類があった。
サンタマルタ・ブルーマウンテン…ツーリング。
「ツーリング?マスター、このツーリングってのは?」
「ははは、ここのオリジナル珈琲ですよ。ただ、お客さんにはちょっと早いですがね。」
長野はマスターの上からものを言ったような物言いに腹が立ったので、適当に珈琲を頼んでライダーハウスを去った。
会社に帰り、適当な書類処理をした後、定時で家路についた。
家に帰ると、妻が電話で誰かと話していた。
「…うん。って事は伸也は納得って事ね。お母さんもうこれ以上は無理みたいなの。うん…うん。じゃあ、切るからね。」
「帰ったぞ!」
ビジネスバッグを玄関に置き、自分の部屋の机の上にスーツを置いておく。大抵妻はそれを次の日にはハンガーにかけている。
風呂に入ろうと風呂場に行くがお湯が張ってない
「オイ!風呂はどうした! …まだ五時半か…。」
今まで帰りは10時~11時だった為、いつもお湯が張ってあったが、今日は帰りが早いのである。はぁ…と溜息をつき、まだなんの準備もなされてないキッチンを通り過ぎ居間のソファにゴロンと横になりテレビをつけた。
すると、妻がやってきて書類を机に置いた。
「来月から定年なんですってね。お疲れ様。」
「ああ。」
「私には何の言葉も無いんですか?」
「ああ?疲れてるんだ。後にしなさい。」
妻は鼻息を荒くしてキッチンへ行った。長野はテレビ番組の奥の虚ろを見つめた。
そして、また妻が戻ってくるなり言い放つ。
「あなた、あなたが今月の定年まで私は頑張るわ。でも、私はそれ以降、実家に帰るわ。」
「…?」
長野は意味が分からなかった。今まで家庭のために自分を犠牲にして働いてきたのに、何で実家に帰るのか。
あまりの唐突さに長野がボーっとしていると、妻は続けた。
「あなたは今まで自分だけが頑張った気で居るんでしょう?でもね、私だって頑張ってきたの。伸也が大学を選ぶ時どれだけ二人で話したか…。あなたが、仕事で上手くいかないとき、どれだけ気を遣ったか!!」
「それは伴侶として当然じゃないのか?」
「それだけじゃないわ!事あるごとにあなたは私を責めた!」
「今まで、お前を責めた事なんてないだろうが!!」
「ほら、そうやってすぐに声を荒げる!!」
妻は泣き出し、自分の部屋に篭った。長野はわけが分からずコンビニに晩飯を買いに行き一人で寝た。」
次の日も次の日も…妻が何に怒っているのか“理解”出来ぬまま…。
とうとう、引退の日。社員から花束を貰い、送迎会の話も中々に家路に向った。
家に帰ると、リビングの机の上に手紙が一つ。
“言った通り、実家に帰らせていただきます。
どうせあなたは恩をあだで返したとでもおもっているんでしょうけど”
長野は目の前が真っ暗になった。どうせ、年寄りの癇癪だと思っていたがまさか本当に出て行ってしまうとは。
しかし、連れ戻そうにも切っ掛けが見つからない。なんていって良いのかわからない。
今まで、自分は家族のために働いて来た。順風満帆にやってきた。そう思っていたのは自分だけだったのか?
分からない。そもそも、何に怒っているのか?自分の言葉使い?態度?
今まで、疲れたときは別にして出来るだけ気を遣ってきたはずだった。
はぁ…。静寂な家に溜息が一つポッカリと浮かんだ。
その日は、適当に料理を作って寝た。大学時代の一人暮らし以来にしては上々の味だった。まあ、野菜炒めだったが。
土曜日、朝起きて、スーツに着替える。ハッと気付いて家着に戻る。庭をグルッと回り適当に煙草をふかしながら掃き掃除をする。1時間もすれば庭はピカピカになった。
家に戻り、新聞を読みテレビをつける。
それにしても暇だ。時間と言うのは何故こうも意地悪なのだろうか?忙しい時は時計の分針が秒針のように思えたものだが、今は分針が時間針のようだ。
ふと、あのライダーズハウスを思い出した。
「暇だし、行ってみるか…」
ライダーズハウスは土曜日と言うのもあって客は5~6人入っていた。
“いらっしゃい”とマスターが長野に声をかける。長野はまたカウンターに腰をかけ、珈琲を頼んだ。
客を見渡すと皆カラフルなツナギを着ている。しかも、色に似合わず皆長野と同じような年齢だ。
「マスター、彼らは一体何の集団なんですか?」
長野がマスターに尋ねると、マスターは
「ライダーですよ。つまり、バイク乗りです。」
ほうほう、と長野が頷いていると
「あなたは今日も車ですね。また、仕事の途中ですか?」
「ああ、前回来た時を覚えてらっしゃいましたか。恐縮です。
今回は仕事ではなく、珈琲を飲みに来ました。」
「土曜日休みですか?羨ましいなぁ。定休日があるって良いことですよ。」
「ははは、そうですなぁ。しかし、私にとっては毎日がこれから定休日ですよ。」
「…定年ですか?」
「…はぁ。まだまだ先のことと思っていたらここまで来てしまいました。」
「そうですか。実は私も去年定年したんですよ。」
「ほう、それは奇遇ですなぁ。と言う事は、老後の先輩ですか。ここは一つ宜しくおねが…」
「いえ、先輩は貴方ですよ。私はまだ老後ではありませんので。」
長野の頭上に?マークを浮かべているとマスターは続けた。
「私は前々からこのライダーズハウスがやりたかった訳ではないんです。一生懸命働いていたのに女房には逃げられる。…ほら、なんか最近年金制度が変わったでしょう?
あれですよ。で、何をするでもなく家でダラダラしていると大学時代の友人が家に来たんです。」
「ほほう、それはどんな目的で?」
「“私を趣味に誘い”にです。“お前定年なってどうせ暇だろ!バイクの免許取りに行くぞ!!ほら!!”と私の手を持ってそのまま自動車学校まで連れて行かされました。」
「それで?」
「私その時、車の免許は持ってましたし、ポケットマネーに10万ほどあったのでその場で講習代を払いバイクの免許を取りました。」
「…ははぁ、大変だったでしょう?」
「それが、講習の先生も年下でしょう?丁寧に教えてくれましたし若いエネルギーを貰いましたよ。それから、退職金でバイクを買ってその友人と日本一周しましてね。」
「それもまた…」
長野は多少呆れながら相槌を打った。
「その時に全国各地のライダーズハウスに世話になりましてね。」
「それで、ここを?」
「そうです。単純でしょ?ハハハ、よく言われるんですよ。」
長野はグイッと珈琲を飲み干し
「いやぁ、今日は良い話を聞きましたよ。有難う御座います。」
と言い残し出ようとした。その時、向こうで騒いでいたツナギの男が近づいてきた。
「アンタも退職組かな?」
「ええ、まあ。」
適当に返事をし、席を立とうとした。しかし、ツナギの男はまあ座れと手を引きカウンターに座らせた。なんとも強引な男だ。
「コイツですよ。私をライダーズハウスに駆り立たせた男は。」
マスターは笑いながらツナギの音を指差した。
「あんた、暗そうな顔してるなぁ。なんか有ったなぁ?」
「いえ…。」
この男、強引な割には物凄く澄んだ眼をしている。
「はい…。ちょっと。」
この男の前では嘘がつけない。長野はそう思った。
「言ってみな。気がすっとするぜ。」
ツナギの男がドンと長野の背中を叩く。
長野は今まであった事を全て話した。今まで頑張ってきた事、それなのに裏切られたように伴侶が去った事。あまりにも思いつめていた為かスラスラと言葉が出てくる。
多分、ツナギの男が聞き上手ってのも有ったんだろう。もう、2~3時間は話しただろうか?
「…そりゃあおまいさんが悪いな。」
ツナギの男が呟いた。
長野はツナギの男を睨んだ。
「なんでも我慢すりゃ良いってもんじゃねぇ。そりゃあ、おまいさんの奥さんにも言える事だがな?きっと、おまいの奥さんはおまいさんが我慢して働いてしたいことがあるのにしない事を気にしてたんだろうな。そして、それはおまいさんが勝手に家庭に尽くす事が家庭に愛を注ぐ事だと勘違いしてやっている。その上、我慢しているのをおまいさんは奥さんや家族のせいにしている。」
「違う!!家族のせいになんかしてない!!」
長野は叫んだ。ハウスの中は“しん…”と静まった。
「ほら、怒るって事は思ってたんだろ?言わなきぇら良いってもんじゃないさ。」
長野は図星で黙った。
「じゃあ、俺はどうすれば?」
「ンなもん知るかよ。ただ、おまいさんの奥さんは今でもお前に好きな事を見つけて輝いて欲しいと思っているだろうな。」
好きな事と言われても長野は40年ずっとデスクに向き合っていた男だ。趣味と言っても何にも浮かんでこない。しかも、その趣味をする理由が楽しむ為ではなく伴侶を連れ戻す為、何か思い浮かぶわけも無く、ただ沈黙が続いた。
その時、ライダーズハウスの外で排気音がした。ドゥカティ:モンスターに乗った女性は
「上っち、お疲れ~。」
そういいながら彼女は入ってきた。
ツナギの男も花山を見るなり
「花ちゃんお疲れ~」
と挨拶を交わす。年甲斐の無い男だ。そう長野は思った。
「あ!!山ちゃん!!お疲れ~!!」
マスターは上ッチ、ツナギは山ちゃんと呼ばれている。全く、偉そうに喋りながら…
そう思いながら長野は彼女を見ると、長野の良く知る花山だった。
「あ!君は!!」
長野が驚きながら花山を指差す。
花山も
「あ!長野部長!!ハハハ!!昨日振りです!」
笑いながら返してきた。少し話して彼女はハウスの奥のツナギの野郎共の中に混じって雑談を続けている。
別に彼女に感化された訳ではないが長野の中でバイクのイメージが横浜銀○から華やかな物に変わった。
長野はパッとツナギの男に振り返り
「えっと…」
「山ちゃんで良いよ。」
「山ちゃん、私もバイクに乗ってみたいんだが…。どうだろうか?」
「…」
山ちゃんは無言でハウスの壁にかけてあるジェットヘルメットを長野に渡し、外へ向った。
外には山ちゃんのハーレー:FLHTCUが停めてあった。長野をそのタンデムシートに放り投げるとエンジンをかけ、自動車学校へ向った。
山ちゃんが駐車場に止めようとしたとき、長野が耳元で言った。
「申し訳ないが山ちゃん、今手持ちに1万円も無いんだ。」
山ちゃんは後ろを振り返るなり
「それを早く言え!!」
と叫ぶと片足を突きながらUターンして銀行へ向った。
長野が金を下ろし、またバイクに乗ると山ちゃんが捕まってろよ!!と叫ぶや否や脱兎のごとくさっきの学校に向った。
長野を下ろし、長野はヘルメットを山ちゃんに返した。
「後は自分でがんばんな!」
山ちゃんが軽く長野の胸にパンチし帰った。
長野は
「帰りはバスだな。」
と呟いた。
教習代を払い、長野は教習を受けた。
卒業までに5時間ほどオーバーしたが、そのお陰で高校生や大学生、おまけに自分と同じくらいの歳の友達まで出来た。
卒業検定はその友達とだった。高校生や大学生はすぐ受かる物の自分や同じ歳くらいの友達は3~4回落ちた。
最後は、お情けで受からせてもらったものの、長野は感動で涙が出た。友達も泣いていた。
仕事では味わえない達成感。それが趣味なのかもしれない。
そのあと、免許の更新をしその足でバイクを購入した。
バイクは安全も考え慣れているHONDA:CB400SFにした。
バイクを買って一年は花山や、植ちゃん、山ちゃん。そして、教習所の仲間達と毎週のようにツーリングに出かけた。年金では足らなくなり近所でバイトも始めた。
そして、一年がたち、二人乗りが法的に許された時、長野はライダーズハウス植山に出かけた。ハウスにはいつもの皆が集まっていた。
「皆、聞いてくれ!!俺はこれから自分の妻を奪還に行って来る!もし、失敗したら大声で笑ってくれないか?」
長野は入るなりそう叫ぶ
「行って来い!骨は拾ってやるよ!」
と山ちゃん
「ちょっと、残念ですね。でも、頑張ってくださいね!」
と花山
「きっと大丈夫!奥さん戻ってもCBには乗るんだよ?」
と植ちゃん。
長野は、また外に飛び出しCB400SFに跨った。その時、植ちゃんが走ってきた。
「長野!!これこれ!!ツーリング珈琲!!」
植ちゃんの手には水筒が握られていた。
「ツーリング珈琲ってのはさ、ツーリング中美味い珈琲が飲みたくなった時の為のコーヒーさ。そして、それ以上に、カッコいい奴が飲む珈琲なんだ。今の長野に飲んで欲しい。」
「植…ちゃん。」
そう、あれから一年。長野はちょっと変わっただけかもしれない。ちょっとした趣味人へと。それだけかもしれないし、人によっては長野は駄目になったと思うかもしれない。
でも、それで良いと思う。きっと、自分の価値なんて自分が好きな人が決めれば良いもんだから。
長野は涙目で植ちゃんの水筒を受け取る。
植ちゃんは長野の背中を叩き、行って来い!と笑った。
長野は人差し指と中指を立て、ハウスの皆に「またな!」とおでこから手を上げ敬礼し、CBのアクセルを捻った。



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